こんにちは、マグネターです。
今回は、しーさーさんより新しく発売された「実用性MAXシャープペン」こと「GRAVIUM(グラビウム)」について、色々気になる点がありましたので批評を行います。この記事はどちらかと言うと、ペン自体の評価というより、しーさーさんの紹介の仕方に対する意見の側面が強いため、ペン自体の評価は別記事をご覧ください。ただ、こちらを一読してからの方がレビューも分かりやすいと思いますので、時間があればぜひお読み下さい。
GRAVIUM:評価レビューのリンク:https://bungukaiseki.com/gravium(グラビウム):評価レビュー/
1. GRAVIUMの工夫
しーさーさんの説明によると、この「GRAVIUM」は「慣性モーメント」の発想をもとに、「重たいのに軽快に書ける」ことを実現しているとのことでした。
「慣性モーメント」という言葉は、一般にはあまり馴染みがないと思います。これは、物体の回転運動に対する慣性、すなわち「等速回転を保ち続けようとする性質の強さ」を示す量です。要するに、「どれだけ回しにくいか・止めにくいか」を表すものです。
余談ですが、ここで言う「回しにくさ」とは、回し始めるのに必要な力の大きさを指します。ペン回しでいう「回しにくさ」とは全く異なります。むしろ、ペン回しでは「止まりにくさ」、すなわち慣性モーメントが大きいほど回転が持続しやすく、有利とされます。
この慣性モーメントを考える上で重要なポイントは2つあります。
1つ目は、慣性モーメントは物体の固有の値ではなく、どこを軸として回すかによって変化するという点です。
2つ目は、質量の分布に強く依存するという点です。
これらをペンで考えると、前者は持つ場所(回転軸)によって「回しやすさ」は変わるよという意味で、後者は錘がペンの中心にあるか端にあるかで「回しやすさ」が変わるよという意味になります。
この前提をもとに、「GRAVIUM」について考えてみましょう。
しーさーさんは、「回転の中心に錘があるので、重たくなっても軽快さを損なわずに筆記ができる」と述べています。これは確かに理にかなっています。しかし、これにはいくつか問題があります。
2. 慣性モーメントと重量分布(問題点1)
GRAVIUMは37gと非常に重いペンです。そのうち13gが錘とのことですが、裏を返せば、この錘を除いても24gもあるということです。これは一般的な筆記具と比べても重たい水準で、しかもこの24g分の重さはペン全体にほぼ均等に分布しています。
さらに、ノック部などにも真鍮が使われているため、後部にも重量が集中しています。つまり、錘を抜いた場合、特別に「軽快さ」に配慮された重量配分ではないということになります。
これを見た中学生の頃の私は「だからこそ回転の中心に錘を入れることで、全体の重さを感じにくくしているのでは?」と考えたはずです。しかし、そんな神秘的な現象はなく、現実には慣性モーメントの値は単純に足し算されるだけで、どんなに上手く錘を配置しても、24g分の「回しにくさ」が変わることはありません。
少しイメージしにくいかも知れませんので、簡単なモデルを使って実際に式に代入して考えてみます。
※計算は高校数学以上の知識が必要ですので計算結果だけ読んでもらって構いません。
今回は、ペンの太さや形状を無視した一様な棒と仮定し、回転の中心は先端から63mmの位置とします。棒の線密度λ(1mmあたりの質量)は「質量÷長さ」で表されます。

このとき、軸(錘を除いた部分)の慣性モーメントは、次の式で求まります。
\(I_{1}=\int _{-63}^{77}\lambda x^{2}dx\)
軸の質量は24g、棒の長さは140mmですから、計算結果は次のようになります。
\(I_{1}=40376\)
また、錘の慣性モーメントの式は次のようになります。
\(I_{2}=\int _{-28}^{8}\lambda x^{2}dx\)
※錘の長さや位置に関してはオンラインストアの画像より推測して計算に用いています。
錘の質量は13g、長さは36mmでしたので、この計算結果は次のようになります。
\(I_{2}=2704\)
したがって、全体の慣性モーメントの値は足し算により求まるため、その値は次のようになります。
\(I=I_{1}+I_{2}=43,080\)
これは「回しにくさ」の指標になりますが、この数値分だけではまだイメージしづらいため、野原工芸とロットリング600の例と比較してみます。同様にして計算すると次のようになります。
野原工芸のシャープペン:I=48690
ロットリング600:I=40119.666…
これらの値から、GRAVIUMは野原工芸より軽く感じ、ロットリング600より重たさを感じることがわかると思います。※実際には重量が一様に分布しているわけではないことに注意
理論だけでなく、体感としても、クリップ有りで野原工芸と同等、クリップ無しでロットリング600と同等の「回しにくさ」を感じました。
まとめると、「回転中心付近に重さが偏っていると軽快に書ける」ということ自体は事実です。しかし、GRAVIUMの場合は回転中心に重さが完全には偏っておらず、軽快さに特化しきれていません。
錘が30gで軸自体は7gとかなら十分偏っていると言えますが、軸だけで24gは普通に重たい水準で、ここがまず1つ目の問題だと考えおります。
3. 慣性モーメントと重心位置(問題点2)
しーさーさんは「重心が低くなれば良いという簡単な話ではなくて、重量配分をどのようにするのかというのが非常に重要」と述べています。確かにその視点は重要です。しかし、重心と慣性モーメントは密接に関係しているため、切り離して評価することはできません。
慣性モーメントは、回転軸と重心の距離が離れるほど大きくなることで知られています(平行軸の定理)。つまり、重心が回転中心(60〜65mmあたり)に近い方が慣性モーメントは小さく、回しやすい=軽快に感じやすくなります。
GRAVIUMの重心は先端から69mm。これは「低重心」とは言い難い数値です。クリップを外すと66mmになり改善されますが、それでも理想よりはやや後ろ寄りです。
さらに、重心が高い位置にあると、筆記時に手が常にペンの重さを支え続ける必要があるため、疲れやすくなるという問題もあります。つまり、「回転の軽快さ」だけでなく、「手への負担軽減」の観点からも低重心の方が有利です。
したがって、実用性MAXにするならば、重心位置も調整すべきであったと思います。重心位置が69mmでは高めに持たないと慣性モーメントに優れることが実感できませんからね。
3. 力を抜くことや慣れについて
しーさーさんは、「力を抜くとスラスラ書ける」ともおっしゃっています。これ自体もやはり事実ですし、実際に書いてみるとその効果が感じられると思います。
他の「書きやすい」と言われるペンでも力を抜くと、更に書きやすくはなります。
しかし、圧倒的自重により高レベルな安定感を出しつつ、書きやすさにも考慮されたペンというのはそうそうなく、このペン独自の強みと言っても良いでしょう。
ですのでここに関しては文句ないどころか好印象ですが、私が気になったのは「実用性MAX」という謳い文句で売り出しているペンが、特定の書き方をしないと本領を発揮しないという点です。せっかく良いポイントなのに、売り方のせいで本末転倒だろうという印象が先に来てしまいます。
慣れるという点についても同様の印象です。徹底レビュー内で「丸1日使うと、指がこの重さに慣れてくる」と話しています。ただの書き味に優れるペンならともかく、「実用性MAX」のペンになぜ慣れが必要なのかと思ってしまいます。
4. 結論
以上から、「GRAVIUM」は手放しに「軽快に書ける」と言えるようなペンではないため、「重いペンの中では比較的軽快に書ける」と表現するのが正確でしょう。
どう甘く見積もっても23g級の「回しにくさ」を感じるため、お世辞にも「軽快に書ける」とは言い難いです。
また、今回は慣性モーメントを主軸に批評を行いましたが、いくら慣性モーメントを気にかけたところで、あくまで回転する時の力の感じ方がどうなるかという話でしかありません。重さ自体が変わることはありませんので、持つ時や、手にくっついている部分からは大変重たく感じます。
もちろん、重いペンが好きで、その中でも書きやすさを求めている人にとっては非常に魅力的な製品です。重いペンはただ重いだけのものが多い中で、重量配分にまで配慮されたものは珍しく、37gもあるのに23gの「ロットリング600」と同じ程度の「回しにくさ」で済んでいます。その点でGRAVIUMは唯一性が高く貴重な存在です。
問題はペンそのものではなく、そのプロモーションの方向性です。「重いけど軽快」というメッセージではなく、「重いペンの中でも書きやすい」というニュアンスであれば、ペンの性質を適切に表すことができていたと思います。
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